リンゴに恋して

僕がリンゴちゃんと最初に出会ったのは、20年以上前の1989年9月のこと。

アメリカはオレゴン州ポートランドにある小さな大学Lewis & Clark Collegeの図書館だった。英語学校の授業にタイピングクラスがあり、その教室となる図書館に、かなりのスペースを割いて数十台のMacintosh SE/30が置いてあった。日本の大学で、コンピュータなど触ることがなかった僕にとっては、かなり衝撃的だった。

電源を入れると、あの「ボーン」という音が鳴り、しばらくすると、現在のすべてのGUIの原型ではあるものの、まだモノクロで解像度の粗いデスクトップ画面が現れる。アメリカの大学では、宿題、提出レポート、卒論、すべて手書き禁止。タイプされた文書提出が義務で、フォントの種類、大きさ、行間まで指定されている場合もあった。そういうこともあり、日本でPCがほとんど普及していない当時、寮に住むほとんどの学生がMacを持っていて、友達のMacを借りては、レポートを書いた。「コンピュータって結構使いやすいんだ。」と思った。僕のアメリカ留学とMacは切っても切れない縁となった。

ちなみに、翌年受講した統計学のクラスでは、Windows3.1で動くLotus123を使う必要があったため、図書館の別の一角にあるIBMを使ったが、MS DOSを知らないと起動することができない上、確かマウスもなかったので、すごく面倒だった。「やっぱり”普通の”コンピュータは使いにくんだ。」と思った。

92年の帰国からしばらくしてWindows95が大々的に発表された。初めて見たとき「これMacのコピーじゃん」と思った。でも、それ以降、Windows OSがコンピュータを支配し始め、その後しばらくの間は、出版や映像などの業種にでも属さない限り、Macを使う理由がなくなっていった。というか、Windowsを使っていないと、仕事ができなくなっていった。大好きだったリンゴちゃんに会う機会はほとんどなくなっていった。

Jobsさんが復帰をし、iMacで復縁も考えたが、蓄積されたWinのデータが恋路を邪魔した。ビジネスは、まだまだWindows中心で、Mac用にソフトを買うのもしんどかった。しかし、ちょうど僕が現在の会社であるTSSに入った頃、iPod Nanoを購入した。理由は走るため。シューズにNike+のチップを入れて、大好きな音楽を聴きながら走っていると、時間と距離とペースを教えてくれた。感動した。でも恋ではなかった。
(その2につづく)

懐かしいな〜 Macintosh SE/30

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