携帯電話

iPhone5が発売され、Appleのものづくりと執念に共感する僕としては、新たなユニボディとチリ合わせを徹底した製品精度を自分の持ち物として確認しなければならない。芸術作品であるiPhone4/4Sをどう進化させ凌駕するのか、とても興味がある。歴代のiPhone達は、ものづくりとソフトウェアが高度に融合された、現代のアートであり、これを持つことは、単純に喜びである。

でも、今回はiPhoneの話ではない。

打ち合わせをしているとき、携帯電話が鳴る。そのとき僕は、お客様や緊急の電話でない限り、出ないことにしている。それはなぜか。

打ち合わせをしたり、誰かと会っているということは、自分が時間を調整し、それに参加している方も時間を調整して、その場を作っている。相手が複数なら、その場が成立しているのは、その人数の自乗で奇跡的な状況だ。社内会議なら、コストのことも無視できない。だから、その時間は貴重だし、実際に面と向かって話す以上のコミュニケーションは、ほぼない。だから、限られた大事な時間なのだ。

携帯電話の技術が素晴らしいことに疑いは無い。たった今、この瞬間に、地球の真裏のブラジルの人と、リアルタイムに話ができるって、スゴいことだ。宇宙とも話すことだってできる。江戸時代にタイムスリップして、今僕らが普通にしていることを話しても、信じてもらえないだろう。たった150年程度前なだけなのに。

電話をかける相手は、こちらの事情を考慮しない、というかできない。いつでも、どこでも、誰に対してもかけられるのだから。こちらが、どれだけ”奇跡の時間”を過ごしていようが、電話をかけてくる相手は、それを知る由もない。ただ暇だという理由でかけてきているかもしれないし、すごく大事な用事かもしれない。でも、目の前にその人がいていくれる時間が限られているのに対して、携帯電話の場合は、その限りがないのである。

もちろん、何もなければ、電話に出る。僕に電話をかけてくれていることは、本当にありがたいことだし、その方に失礼なことをしてはいけない。しかし、電車に乗っている時、映画を見ている時、講習を受けている時に、電話に出ないのが、周囲の人への配慮として当たり前であるのと同様に、自分のために時間を割いて、その瞬間に目の前にいてくださる方々に、最大の敬意と配慮が必要ではないだろうか。

とうことで、僕が電話に出なくても、どうかお許しを。

とか言ってるウチにGet。やはり芸術品だよ。マットブラック大好きな僕には、たまらん。

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