東京マラソン 3回目

このブログでは過去何回か、走ることについて書いた。

何故走るのか。

正直なところ、今まで、楽しくも、気持ちよくもなく、達成感もなかった。
普段のずぼらな自分に対して、走るというタスクを課し、それをクリアすることで、自分自身を正当化していた。だから、タスクであれば、走ることでなくても良いのだが、健康と体型維持という副産物もあるので、走った。その走るタスクは毎回レベルが上げられた。1kmができるようになったら2km、1kmを6分ペースで走れるようなったら、5分45秒へと上げる。それを着実にこなすことは、会社という個々の集団をコントロールすることの難しさと比べれば、自分自身だけの問題なので、とても楽にでき、課題をクリアすることに対する快感があり、より厳しくなったタスクをクリアし続けることは、ずぼらじゃない俺だっているんだという、自分自身の生きる証明でもあった。

最初と去年の東京マラソンは、4時間を切るという、その”走るタスク”のかなり高めな設定をクリアする場所だった。最初の年に4時間31分でゴールした時、30km以降のあまりの辛さに「もう二度と走るものか」と思ったが、その30分後には、自分自身の証明ができなかったことに気づき「絶対にクリアしてやる」と悔しさが湧いてきた。そして2年目の去年は3時間58分というギリギリのタイムだったが、何とか4時間を切り、ミッション完了で、走るのはもう程々に、と思っていた。だが、3日後にはもう走り始めていた。

でも走ることで得たいものが何なのか、しばらくわからないまま、とりあえず惰性で走り続けた。惰性だから、朝早いのとか、夏暑いのとかに対する突破力は全然ない。8月の月間走行距離はたった20kmだった。

10月に東京マラソンの抽選落選を知り、すぐにチャリティで走ることを決めたときも、何で出るのかよくわかっていなかった。ただ4時間は切りたいと思った。理由は、単に恥ずかしくないから。そして”走るタスク”のハードルはまた上がり始め、10月の距離が軽く100kmを越えると、だんだん3時間45分とかサブ3.5が見え始め、調子に乗って負荷をかけ続けたら、怪我をした。11月と12月は100kmに満たない距離で、目標の200kmから、遠くかけ離れていた。2ヶ月前になっても、まともに走れなかった年末にサブ4は無理かな、と思い始めた。

1月になって少し回復し、距離を増やしていったが、脚の疲労を溜めず、怪我をせずに、距離とスピードを一ヶ月で上げることは難しかった。結局その月に230km近く走ったものの、あまり手応えはなかった。

そこで今回は、自分のペースで走ると決めた。辛くない程度のスピードで走り続けて、どこまでいけるか。サブ4は「出来たらいいな」程度のターゲットで、去年から比べると良く言えば、全然肩の力が入っていない。

スタート30分前。上着を脱いで預けなきゃ行けない時間。すごく寒かった。ここからスタート地点に移動。

スタート30分前。上着を脱いで預けなきゃ行けない時間。すごく寒かった。ここからスタート地点に移動。

だから、これまでの2回は、1km毎のタイムとペースを知るために、そして好きな音楽で気持ちを盛り立てるために、イヤホンをして走ったが、今回はやめた。距離やペースや心拍をモニターするランニング用の時計をしたが、ほとんど見なかった。

すると、今回のマラソンは、幸せと感謝でいっぱいになった。
普段は車がひしめく幹線道路をクローズし、そのど真ん中を走る快感。
給水所、コース整備、ホスピタリティなど1万人のボラティアの方々による、事前準備から、本番では声をからしての応援。スタートの六本木男性合唱団、防衛省前の陸上自衛隊音楽隊、皇居の皇宮警察音楽隊などをはじめ、チアリーダー、ダンスなどの一流パフォーマンスの数々。強い北風が吹く寒い冬の日に、沿道で声援を送ってくれる人々。特に40km付近でもらったリンゴは美味しかった!寒いのに手袋もしないでお盆にリンゴとみかんを載せて配ってくれていた。
家族も社員も友達も、電車で追いかけてくれたり、寒い中、みんなが応援してくれていた。
コースにはいなかったけど、毎週身体をケアしてくれた整体の先生。
走りながら、こんな幸せで良いのかと涙が出た。
今まで、どうして走っていたのか、わかった気がした。

みんな、ほんとうにありがとう。

4時間11分23秒。
散々な結果。
でも、今までとは違う、とても大切な経験をした。
これからも走り続ける。今までとは違う理由で。

今年は、東京オリンピックのサポートとスポーツ振興で明日の日本をサポートするというチャリティで走りました。スポーツと製造業で日本を元気にするぞ!ちなみに、日本地図は、カミさんのアイデアで長男が描きました。

今年は、東京オリンピックのサポートとスポーツ振興で明日の日本をサポートするというチャリティで走りました。スポーツと製造業で日本を元気にするぞ!
ちなみに、日本地図は、カミさんのアイデアで長男が描きました。