2016年が始まった

あけましておめでとうございます。
少し遅くなりましたが、お正月のお話。

田中家は、隔年で正月を箱根で過ごす。
元旦の朝、5時前に家を出て、初日の出を拝み、箱根神社で初詣をし、昼食を芦ノ湖畔でとったら、宿にチェックイン、というのが、大体いつものルーティーン。そして宿の温泉に入る前にすることがある。それは、箱根駅伝を翌日に控えた、元旦の箱根路を走ることである。

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2016年のご来光。でも水平線からは見えなかった。残念。

今回の挑戦は3回目。ルートはおなじみ箱根駅伝往路5区の山登り区間の中間地点、小涌園付近からスタートして、約5kmの山登り区間、国道1号線最高地点を越えてから約2.5kmの下り、そして芦ノ湖畔の平坦区間2kmの合計9.5kmを走って、往路ゴールで写真撮影をしたら、そのまま6区の選手さながら復路スタートを決めて、同じ道を戻ってくる合計19kmという、かなりマニアックかつ過酷な走り初めである。

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「2時間14分」はGoogleの徒歩でのルート検索結果。

今までは、孤独の箱根路だったが、今回は何と!息子二人が参戦するのである!長男高3、次男高1で、ふたりともバレーボール部に所属しているため、普段から運動はしている。どうやら、親父を負かしたいらしい。しかし!いくらあと1年で50歳とはいえ、こちらも週に2回は走り、毎年フルマラソンもしているし、一応サブ4ランナー。到底勝負にもならない…はず。

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スタート前、余裕の3人。勝つ気満々のお父さん。

彼らにとっては初めてで、道が細く、自動車の通りも頻繁にあるので、往路は私を先頭に、一列でゴールまで向かい、ルートがわかった復路は、自分のペースで走ることにした。
どんなに走っても前に進まないこの坂。二年ぶりだ。息子たちの背後からのプレッシャーを感じながら、まずは5km先の国道1号最高点を目指す。今年も箱根の坂は、険しく、曲がりくねり、某共産主義国の将軍のごとく無慈悲だったが、暖かくほぼ無風の天気だけが、僕の味方だった。

最高点からは、2.5kmの下り。できるだけ重心の移動を止めないように気をつけて走ると、すごいスピードが出て気持ち良いのは良いが、帰りに、またこれを登るのかと思うと憂鬱だ。そして意外にキツいのは、芦ノ湖に出てからだ。湖が見えたら、もうほとんどゴールだと思っているのに、そこからダラダラと平坦な道を2kmも、坂道で疲れ果てた身体に鞭打つのだ。

やっとのことで辿り着いた往路ゴール。普段こんな距離は走らない上に、強烈なアップアンドダウンを経た、9.5km先の往路ゴールは、相当な達成感だったようだ。今まで見たことのない笑顔だった。

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往路ゴール!すでに翌日の準備はほぼ完了。遠くに富士山。

今年は東京マラソンに走れないことが確定したことで、例年より走り込みが少ない僕にとって、もうすでにかなりのダメージ。そんなことは予想されたので、奥さんには、あらかじめ「あいつらが危なくなったら、芦ノ湖まで車で来てね?」と息子のせいにした救助作戦を企てていたが、正月の箱根の渋滞が激しいことと、お正月の乾杯モードから脱することのできない彼女は、早々にその可能性を全面否定していた。甘えを一切許さぬ、愛のある妻である…

ということで、一縷の望みも途絶えた復路がスタート。最初の湖畔の2kmの時点で、脚にきていて「ヤバい」と思いつつも、何とか二人を従えて走る。しかし、登りに入った瞬間、脚が動かず、全然進まない自分を認めざるを得ない。一方、後ろでピンピンしているふたりをビンビンに感じる。仕方なく「じゃあ車に気をつけて先に行きなさい。車に気をつけるんだぞ。」と父親ぶって、彼らを先に行かせてみた。幾ら何でも、そんなに差はつくまいと思った矢先、ふたりは瞬く間に視界から消えていった。

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ストップウオッチに手をやって、復路スタートの選手になりきる息子たち。

孤独の山登り2.5kmはキツかった。行きは、登りながら「キツいだろ?」とか言いながら、苦しさを紛らわすことができたが、そんな話相手もいない。苦しくて何度も止めたくなったが、父親の意地もあって、2.5kmの坂を登り続けた。坂の上には、芦ノ湯の通過ポイントとして知られる1kmほどの視界が開けた直線があって、その先は一気に下りだ。やっとそこまで辿り着いて、少しの達成感を得たものの、その広い視界に息子ふたりの姿がない現実を受け入れるのは、複雑な気持ちだった。

下りで挽回と思い、重心の落ちていくままに、脚を振り出して前に進んだが、ついに彼らの姿を捉えることなく、宿に到着。
私:「お疲れー!何分待った?」
長男:「うーん、10分くらいかな?」
私:「マジ?(絶望の表情)で、お前(次男)は?」
次男:「途中で、(兄を)目の前まで追いついたけど、最後離された!」
私:「マジ?(絶望の表情)」
長男:「正確には9分くらい待った。」
私:「マジ?(絶望の表情)」
下りは5分弱/kmのペースで走っていたので、2km近く離された計算だ。

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ゴール後の3人。私の心の中は複雑。

惨敗である。息子達は、日本一有名な山岳コースを19km走破した達成感と、親父に圧勝した喜びで、とても良い笑顔をしていた。
後で次男に確認したところ、部活で走るのは週1-2日くらい。しかもせいぜい2-3kmだそうだ。19kmはおろか、9.5kmなんて距離を走ったこともないそうだ。長男にいたっては、秋に引退して以来、運動の類は一切していないというから驚きだ。月に50-100km近く走っている僕が、そんな奴らに負けるって、どういうこと?
そういえば、昔(といっても10年位前)、走り始めの頃は、走るたびに速くなっていったし、走れる距離もどんどん伸びていった。しかし今は、月100km程度の走行距離では、現状維持が精一杯。能力を上げようと思うと、さらに負荷をかけなければならず、身体の負担が増える。そうすれば当然怪我のリスクが高くなる。プロ選手にとって年齢が大きな壁となるのは、よーくわかる。

勝負に負けたこと自体はすごく悔しい。
一方で、何故だか喜びがふつふつと湧いてくる。
息子ふたりと、全く同じ条件で勝負して、完膚なまでに叩きのめされることが、親としてこんなに喜べることだとは知らなかった。あんなに小さくて、歩けもしなかった息子が、今や文字通りの上から目線になることが、そして普通のオヤジより頑張っていると思われるランニングで、負かされることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。息子たちも、ガチで戦って親父を破ったことは、何かの自信になるのだろう。

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我々が走った翌日の箱根駅伝。トップ快走の青山学院神野くん。やっぱり速い!明治は遅かったから載せない!来年がんばれ!

元旦の神聖な箱根路を息子達と走り、ぶっちぎられる幸せ。僕と息子達の人生は新たなフェーズに突入した。幸先の良い2016年は素晴らしい年になりそうだ。

むかつくから、今度はスキーで勝負だ!

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